役行者と律令制
律令制が民を苦しめていたのは間違いないが、
末端を知らない不比等達が選定するのだから
仕方がない。
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しかし、本当に不比等が貴族のお坊ちゃんで
末端を知らなかったかどうかは疑問である。
天武朝では敵の副将だった鎌足の息子である
不比等が、31才で歴史に登場するまで、
どのような生き方をしてきたのか不明なのだ。
それはともかく、律令制によって苦しむ民の声を
聞き、律令制に批判的な立場を取る結果になって
いた役行者は、律令制を早く確立させたいと焦る
不比等達にしてみたら迷惑なことこの上ない。
しかし、役行者がただの行者なら、おそらくは民も
それほど傾倒しなかっただろうし、役行者も朝敵に
なることはなかっただろう。
おそらくは、厳しい山での修行が役行者に超人的な
力をもたらしたのだろう。
病人を治したという伝説もある。
黒岩氏は、そんな力を持つ役行者に、病弱な後継者
に悩む持統女帝が興味を持ったと考える。
持統女帝と言えば、尋常ではない回数吉野行きを
決行しており、それが周辺の民百姓を苦しめる結果
になるため、いさめた家臣もいるとある。
女帝が吉野へ足を運ぶ理由は、吉野の神気を体内に
取り込むため...と氏は考えている。
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