県犬養三千代によるアシスト

不比等はあからさまに野心を顕露させるようなことは
せず、あくまでも控えめな態度で慎重に事を為してきた
のだろう。無茶をせず、急がず、道理を曲げず、一つ
ずつゆっくりと目の前の課題をクリアしていった。

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三代にわたる女帝達が藤原氏による皇室乗っ取り計画に
気がついた時には、既に手遅れだったのかも知れない。

文武は既に不比等の手の内にあった。
しかし、いかに不比等といえど後宮にはそう容易く
出入りは出来なかった。

後宮で不比等のアシストをした女性がいた。
それこそが後に不比等の妻となる県犬養三千代
(橘三千代)である。

彼女は軽皇子(後の文武天皇)の乳母であり、後宮に
おける存在感と信頼は相当なものだっただろう。

元明・元正天皇にしてみたら、内と外から挟み撃ちに
あったような、罠にかかった気分だったかも知れない。
彼女たちに出来る抵抗は、藤原氏の血脈である首皇子
を即位させないことくらいだった。

古代天皇家にあって「皇子」という立場は、常に殺戮
の対象と成りうる。No.2になるなというのは、日本に
限らず何処の国の歴史でも同じことが言える。
しかも、血族結婚を繰り返してきた結果、皇太子は
短命である場合が多い。

草壁皇子然り、その子文武天皇も27歳という若さで
逝去している。

しかし、そこに不比等の娘・宮子の血が入ったことで、
文武の子・首皇子はひ弱ではなかった。
後に聖武天皇となる首は55歳まで生きている。
50歳まで生きれば長生きだった当時にしては、その
在位期間も四半世紀と長く、不比等の勝利だったのである。

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