石上朝臣麻呂2
黒岩氏に「闇の左大臣」と言わせたこの男、
元の名を物部連麻呂という。蘇我氏との戦いに破れ
滅亡した物部氏の末裔だ。
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壬申の乱では近江朝に味方したにもかかわらず、
その後天武天皇の政権下で処分されることなく
順当に昇進していったのは何故か。
榎井小君(物部雄君)が、大海人皇子の付き人だった
ことから、同族である麻呂に特にお咎めが無かった
とする説や、大友皇子の最期(自害)にまで付き添った
その忠誠心ゆえとも言われているが、没落した氏族で
あり、下級官人であったことで、特に問題視されなか
ったのではないか、と思う。
物部氏でもいろいろあったらしく、麻呂は蘇我・物部
の戦いで中立の立場を守った物部の分家(石上物部)の
出である。
物部氏は有力軍事氏族であるが、黒岩重吾氏は、その
作品の中で物部氏は警察軍的性格を持つ軍事氏族である
と書いている。
天智朝で、麻呂は36歳にして新羅大使として朝鮮半島へ
渡り、約4ヵ月後帰国している。
天武崩御の2年前に朝臣姓を賜り、同時に石上朝臣麻呂
と改名した。
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