晩年の石上朝臣麻呂
石上朝臣麻呂が他界したのは717年、77歳であった。
そして、不比等が亡くなったのはその三年後の720年。
享年61歳である。
当時の平均寿命は50歳を下回ると言うことだから、
石上朝臣麻呂は相当長生きしたことになる。
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不比等は石上朝臣麻呂よりも20歳近く若いにも拘わらず
死亡時期はわずか3年しか違わないのである。
石上朝臣麻呂については、狡猾で時には冷酷である反面
奴婢や農民など、苦役に苦しむ人々に同情的であったと
黒岩氏は言う。
石上朝臣麻呂はその晩年を藤原京の留守司となっている。
一般には不比等が石上朝臣麻呂を旧都に置き去りにした
と思われている。
民百姓に同情的な石上朝臣麻呂が、律令制や政治のあり方
に不満を抱き、時には不比等達に対し苦言を呈したことも
あっただろう。不比等達にしてみたら、鬱陶しい存在で
あったのは間違いない。
しかし、黒岩氏はその著書の中で、石上朝臣麻呂が自発的
に藤原京に残ったとしている。
左大臣という地位も、不比等が実権を握る政界に於いては
お飾りでしかなく、嘗てのたぎるような出世欲もここに
きて虚ろなものに思えて来たと考える方が自然ではないか。
今の70代と違って、当時の70代は孤独であっただろう。
家族も友人も知人も皆あの世なのだ。
平城遷都にあたり、彼は自分が最も役立った日々に過ごした
藤原の地に残り、旧都が人々に忘れ去られても、朽ちること
のないよう守りたいと願ったのだとしたら...。
そのような老境の石上朝臣麻呂を思う時、不比等という人物
の冷徹さが見えてこないだろうか。
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