日本書紀
日本書紀を事実上編纂したのは藤原不比等だ...とは、
歴史学者は言っていない。
「どこにそんな証拠がある?」と聞かれても、説得力
ある証拠を提出出来ないからである。
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それでもなお、日本書紀は不比等の手によるものだと
信じる学識者は本当に多い。というよりも、もはや
公然の事実として語られている。
古事記も不比等編纂説が唱えられているが、これに
対しては上田正昭先生は否定的であられた。
不比等という人物は、実に遠い未来を頭に描き
「記録」を操った人物だと思われている。
だとすると、一体なんの為にそこまでする必要が
あったのか?
あるいは日本国を作り、日本の歴史を「創作」する
ことを目標と定め生きたのかも知れない。
国を作る、国の歴史を作り上げる。
後世の日本人を洗脳する為に。
我々が信じている日本国の歴史は、どこからが事実で
どこまでが創作なのか。はっきり語れる者がいるだろうか?
不比等と言う男、出来るだけ表にでないように、打たれる
釘にならないように生きていた様に思う。
梅原猛氏が指摘したように、彼に関する記述を出来るだけ
残さないように動いたとしか思えない程、彼に関する
記録が無いのだ。
彼自身の存在を隠す事で、「歴史の創作」にスポットライト
が当たらないように画策した...としか思えなくなってくる。
定説の不比等は地味で、だが偉大なる政治家ではあるが
日本史上特に目立つ存在ではない。
そして、そうなるように自ら仕向けたのだとしたら、我々は
未だ不比等の洗脳から解けずにいるのかも知れない。
最後まで左大臣への昇進を拒み、右大臣のまま生涯を終えて
いる不比等。それには策士としての目論見もあっただろう。
自分が左大臣に成ることによって昇進する者がいるとして、
それを敢えて阻止するためであったかも知れない。
しかし、彼の目的は「支配者になる」などというつまら
ない事などではないはずだ。
定説の不比等をこの際頭から一掃し、彼が何者で、どこから
来て、何を目指して生きたのか。
奇想天外とも思える考えかも知れないが、心に秘めた
思いがずっとある。それを恥を忍んで晒して行きたいと
考えている。
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