渡来人2
後に大化の改新へと繋がる乙巳の変の首謀者である
天智天皇(大化の改新当時は中大兄皇子)と中臣鎌足。
この二人は同族なのだろうか。一説には首謀者は後の
孝徳天皇となった軽皇子であり、中大兄皇子と中臣鎌足
は単に実行したに過ぎないという説もあるようだが...。
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中臣氏の出自は定説では常陸(今の茨城県鹿島)の出身
で、中臣氏に養子に入ったとされているが、百済系渡来人
説がある。天智天皇も、百済王族の子孫説がある。
蘇我氏については、新羅系渡来人であったとする向きが
多く、となると乙巳の変は新羅vs百済ということになるのか。
では、蘇我氏が滅ぼしたとされる物部氏はどうなのだろう?
教科書では在来政権であると習った気がするが、彼らとて
渡来人であったのではないだろうか。
渡来人は何も蘇我氏だけではない。
秦氏、田辺氏など、日本列島でこの国の盟主たらんとして
火花を散らしてしたのだろうか。
それは、あたかもネイティブアメリカンの聖なる土地に土足で
踏み込み、侵略と略奪の限りを尽くし、挙げ句の果てに正義
を振りかざす、その傍若無人さに似ている。
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