羊太夫
羊太夫を祀った(?)とされる神社が安中市にある。
その名もそのまま、羊神社である。
羊大夫が、その脇に生える羽を抜いたという人物は、
八束脛(やつかはぎ)と言う名の男で、足が長かった
とそうだが、この八束脛が金の蝶になって月夜野の
石尊山の洞窟に隠れたとされる遺跡がある。
利根郡月夜野町後閑にある八束脛神社である。
八束脛伝説は新潟にもあり、何を意味するのか。
一説に、この付近は養蚕の盛んな地域であるため、
「蛾」にまつわる伝説を後世に作り上げた可能性を
指摘する声もある。
羊太夫=物部系説というのもある。
物部氏の氏神「経津主(ふつぬし)」が訛って羊に
なったというのだが、無理があるようにも思える。
諸説あるが、取り敢えずは群馬のこの地を訪れて
調べて見る必要があるようだ。
近いうちに資料を集めに行かなければならないだろう。
「羊」というと、キリスト教を連想させる。
羊は人間の罪を背負って犠牲になって死んで行く。
犠牲祭では羊が生け贄にされるが、羊はイエスを意味する。
羊太夫の本当の名前は、小幡太郎太夫勝定の息子で
宗勝と言う。戦国時代活躍した小幡氏なのだ。
そしてこの小幡は、元々「小秦」と書くらしい。
秦はユダヤ人と言われているが、中国では秦はペルシャ
を指す。
羊というと家畜でもあるわけだが、日本ではあまり
一般家庭で羊は食べないが、世界的に羊肉は普通に
食べられている。
日本に羊が入ってきたのは正式にはいつ頃なのだろうか。
日本人の食生活を振り返る時、乳製品を日常食していた
という時期は限られているように思える。
即ち飛鳥時代であるが、今もその名残として明日香鍋が
ある。鍋に牛乳を入れるというのは、他では聞いたことが
ない。「飛鳥の蘇」なる食べ物があるが、古代日本の
チーズと言われている。
なにやら、ユダヤ人が帰化したというのもあり得る様に
思えてくる。
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