粟田真人 2
粟田真人は不比等にとって重要なパートナーであり、
優れた政治家であり文化人でもあったのに、何故か
彼について書かれた本はない。
知る限り文芸社より高島永照 著「小説粟田真人」が
出ているだけである。
高島氏がその著書の中で、国会図書館ですら粟田真人
で検索してもヒットしないという旨の事を書かれて
おられた。その通りで、巨星の近くに居たために影が
薄くなってしまったようだ。
しかし、不比等一人で律令編纂をなし得たわけでは
ない。粟田真人がいたからこそ、不比等も目的を
達成することが出来たのであり、おそらく無敵とも
思える不比等の、心の支えでもあったのではないかと
想像する。真に重要なキーパーソンなのである。
高島氏の著書の帯のコピーを紹介しよう。
『遣唐使「粟田真人」を中心に描いた歴史小説
三韓の争いが激化し白村江の戦いを経て百済と高句麗が
滅亡、日本列島は大和国による完全統一が実現する。
そんな時代に生まれ育った粟田真人は壬申の乱で高市皇子
の側につき、勝利した天武天皇の元で昇進し、持統太上天皇
と文武天皇の命により遣唐使として唐に向かう。
唐での任務は難しいものであったが、真人は唐の女帝・
即天武后にも気に入られ、無事に対訳を果たす。』
この男は即天武后に会っているのである。
即天武后という名前を分解すると、天武后という文字が
含まれる。持統女性は天武帝の后であるから、なにやら
不思議な因縁である。
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