不比等の性格
勿論、子供の頃の不比等の性格を知る術はなく、
彼の功績・業績から「こうだったんじゃないか」と
想像するしかない。
しかし、もし政治家のプロファイルのようなものが
あるならば、政治家としての活動から、性癖が解る
のではないか、とも思うのだが...
律令の選定という、当時日本にとって最優先だった
とは言え、いわば専門知識を持った者達を束ねる
だけの人望と忍耐を待ち合わせ、彼らの作業を纏め、
細部にまで目を配り、矛盾やミスを修正するという
地味な作業でもあったと想像する。
然るに彼は野望を持った強い意志の持ち主であると
共に、意外にコツコツと目の前の仕事を片付けて
行く事務能力も兼ね備えた人物だっただろうと思う。
忍耐強く無ければ藤原不比等にはならない。
その忍耐強さは子供の頃からあったのだろうか?
当時の権力者の嫡男として、幼い頃は何不自由ない
生活をしていたはずだ。多くの下臣に傅かれて生活
していて、我が儘に育つなと言う方が無理な気が
する。大抵このような環境にあれば、子供は身の程
をわきまえず傲慢になる。
忍耐力が養われたとすれば、鎌足の死と田辺史大隅
邸へ一人預けられたことから始まり、壬申の乱で
現帝の敵側の副将の息子であるがゆえ、父の七光り
をはぎ取られ、何もかも自分一人で0から築いて
行かなければならなかった事ゆえだろう。
彼には不運を逆転するだけの運もあっただろうが、
本人の努力に寄るところが大だろう。
傲慢な小僧がどん底に突き落とされ、脆い岩場で
不安定な石を足がかりに少しずつ登って行く様を、
もし早送りで見ることが出来るなら是非見てみたい。
彼が成長するその過程を。
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